日本中を驚かせたトップスター同士の熱愛と結婚は、まさに昭和の芸能史に残るドラマでした。お相手は、当時グループ・サウンズ時代から日本の音楽界を牽引し、圧倒的カリスマを誇っていた「ジュリー」こと沢田研二です。
2人の運命的な出会いは、1982年公開の映画『男はつらいよ 花も嵐も寅次郎』での共演でした。劇中で恋仲になる青年(沢田研二)とヒロイン(田中裕子)を演じた2人は、撮影現場を通じて急速に惹かれ合っていきました。当時、沢田研二は既婚者(ザ・ピーナッツの伊藤エミさんと婚姻関係)であったため、この交際は芸能マスコミから猛烈なバッシングと追跡取材を受けることになります。
過熱する報道のなか、2人は決して軽率な言動を取ることなく、静かに愛を育み続けました。1987年に沢田研二の離婚が成立。当時としては破格と言われた約18億1800万円とも報じられる財産分与と慰謝料の支払いを経て、誠実に対話を重ねた末の決着でした。
そして交際開始から約7年が経過した1989年11月、2人は島根県の出雲大社で挙式を行いました。詰めかけた大勢の報道陣とファンを前に、白無垢姿の田中裕子と紋付羽織袴の沢田研二が見せた穏やかで晴れやかな表情は、「純愛を貫き通した2人の覚悟」として現在も語り継がれています。