売春防止法の成立は、決して平坦な道のりではなかった。戦後の混乱期、公娼制度が廃止された後も「赤線」と呼ばれる特殊飲食店街において売春は事実上公認されていた。この旧弊を打破すべく、国会の場で幾度となく法案提出に奔走したのが、作家であり衆議院議員であった神近市子ら女性議員たちだ。男性議員たちからの激しい反発や業界団体による猛烈なロビー活動に抗い、彼女たちは人間の尊厳を取り戻すための闘いを続けた。
この激動の世相を克明に捉えたのが、名匠・溝口健二監督の遺作となった映画『赤線地帯』である。法案成立直前の赤線街で生きる女性たちの生活苦、売春以外の選択肢を持てない絶望、そして法規制への不安が生々しく描かれた。映画が映し出した「法で禁じたところで、彼女たちの明日のパンはどうなるのか」という痛烈な問いは、法律が施行されてから70年近くが経った今もなお、本質的な課題として未解決のまま残されている。