地域住民の生活に深く溶け込んでいる「いっちょん」ですが、その語源にはいくつかの有力な学説が存在します。言語学的な調査資料や古典語の変遷を踏まえると、最も有力視されているのが漢語「一向(いっこう)」の音変化説です。
中世から近世にかけて日本語で広く用いられた「一向に(打ち消しを伴って『少しも〜ない』)」という副詞が、九州西部の土着の発音体系のなかで拗音化(「きょ」「ちょ」への変化)を遂げ、「いっこう」→「いっきょ」→「いっちょん」へと転訛したと考えられています。南九州で「いっこん」という形で残っている点も、この「一向」起源説を強力に裏付けています。
また、民俗学的な補助仮説として、数量の最小単位を示す「一丁(いっちょう)」や「一つ(ひとつ)」に接尾語が付加されたとする見解もありますが、いずれにしても「最小限の単位すら満たさない状態(完全なゼロ)」を直感的に示す語感が、地域社会の口頭伝承の中で磨き上げられてきたことは間違いありません。