根岸森林公園の北側にそびえ立つ旧一等馬見所(旧一等スタンド)は、1929(昭和4)年に竣工しました。設計を手がけたのは、横浜山手西洋館のエリスマン邸や山手111番館などを世に送り出したアメリカ人建築家、J.H.モーガン(Jay Herbert Morgan)です。アール・デコ調の直線的な幾何学意匠と、円形チューブ状の階段室が織りなす荘厳な佇まいは、日本の競馬黎明期を象徴する第一級の近代建築遺産として高く評価されています。
しかし、第二次世界大戦中の1942年に競馬が休止された後、施設は海軍に接収され、戦後は米軍による接収が長く続きました。1982年に米軍から日本側へ土地が全面返還されたものの、隣接していた旧二等馬見所が老朽化のため1988年に解体されたのに対し、旧一等馬見所だけが今もその姿を留めています。「なぜこれほどの巨大建築が解体されずに放置されているのか」という疑問に対し、地元関係者や行政の記録から見えてくる真相は明確です。それは「歴史的価値の高さから解体せず、未来へ継承すべき文化遺産として保存する方針が堅持されてきたから」に他なりません。
経済産業省の「近代化産業遺産」や国の「登録有形文化財」級の価値を持つ建築物であるため、解体すれば二度と取り戻せないという強い危機感が専門家や市民団体の間にありました。2026年現在の旧横浜競馬場跡の保存活用計画においては、外観の歴史的景観を維持しつつ、耐震補強や安全対策を施し、将来的な内部公開や地域交流拠点としての利活用に向けた検討が横浜市を中心に継続して行われています。
一部のSNS等で「根岸森林公園の廃墟は心霊スポット」「立ち入り禁止の理由は呪い」といった都市伝説が語られることがありますが、それらは完全なデマです。立ち入り禁止となっている本当の理由は、築95年を超えて経年劣化が進み、コンクリート片の剥落やガラス破損、耐震不足による倒壊リスクといった現実的な安全管理上の問題によるものです。周囲は頑重なフェンスで囲われ、不法侵入を防ぐための監視体制が敷かれています。