梅宮辰夫の人生は、華やかな栄光の裏で常に病魔との熾烈な戦いの連続でした。病気の歴史は30代半ばから始まります。1974年、36歳の若さで精巣腫瘍(睾丸がん)を発症。すでにがんは肺に転移しており、当時の医療水準では「余命数ヶ月」を宣告される極めて絶望的な状態でした。
しかし、抗がん剤治療と持ち前の強靭な体力、そして完治を信じる強い精神力で見事にこれを克服。以降、胃がん(1994年)、十二指腸乳頭部がん(2016年)、前立腺がん(2018年)、尿管がん(2019年)と、生涯で計6度のがん宣告を受けながらも、その都度手術を受け、不死鳥のように現場復帰を果たしました。
晩年はがんの摘出手術や長年の薬物治療の影響により腎機能が著しく低下し、2019年からは神奈川県真鶴町の自宅近くの病院で週3回、1回4時間に及ぶ人工透析治療を受ける生活を送っていました。報道各社の記録によると、体力の衰えを感じながらも「生涯現役」の意志を崩さず、料理を振る舞い、家族との時間を慈しんでいました。
そして2019年12月12日未明、容体が急変。真鶴町内の病院に救急搬送されたものの、午前7時40分、慢性腎不全のため81歳で永眠。最期は愛妻クラウディアと娘アンナに見守られながら、穏やかに旅立ったと伝えられています。