相模湾沿岸において、なぜこれほどまでに親しまれた釣り場が規制へと舵を切ることになったのか。その発端を紐解くと、単一の事件ではなく、長年積み重ねられた「マナー崩壊」と「構造的な摩擦」が臨界点を突破した米神漁港閉鎖の経緯と真相が浮かび上がります。
小田原市周辺の沿岸部は、都心からのアクセスが良く週末ごとに大勢の来訪者が押し寄せていました。しかし、来訪者の急増に比例して悪化したのが米神漁港の釣り禁止理由として真っ先に挙げられる「現場の荒廃」です。漁業関係者の証言によると、係留船のロープにルアーや釣り針が引っ掛けられたまま放置される被害や、作業場である船揚場への無断立ち入り、撒き餌で汚された堤防が放置されるケースが日常茶飯事となっていました。
さらに事態を決定づけたのが、安全管理上の危機です。外海に面した大堤防の外側に積まれた消波ブロック帯では、テトラポッドの転落危険が常に指摘されていました。米神周辺のテトラは一段と大型で隙間が深く、万が一滑落した場合、自力での脱出はおろか救助活動すら困難を極めます。実際に過去、重大な人身事故が発生したことで、港湾管理者や漁協に対する安全配慮義務の責任追及が高まり、「立ち入りを黙認することはこれ以上できない」という行政的・法的判断が下されることになりました。