馬淵監督を語る上で欠かせないのが、積み上げてきた圧倒的な実績です。馬淵監督の甲子園通算成績は歴代屈指の勝利数を誇り、春夏の甲子園常連校として明徳義塾を全国屈指の名門へと育て上げました。2002年夏の選手権大会では悲願の全国制覇を達成し、高知県勢のみならず四国球界の歴史に確固たる足跡を刻んでいます。
そして、歴史的事件として語り継がれるのが、1992年夏の甲子園における松井秀喜選手の5打席連続敬遠です。星稜高校の怪物打者に対し、勝つための最善手として下した徹底敬遠の決断は、当時社会的な大論争を巻き起こしました。
批判の矢面に立たされながらも「ルールに基づき、チームが勝つ確率を極限まで高めるための正当な作戦」と一貫して主張した姿は、勝負に対する冷徹なプロフェッショナリズムの象徴として、現在では馬淵監督の采配に対する評価の礎となっています。