たませんの原点を辿ると、高度経済成長期にあたる昭和30年代後半から40年代の愛知県名古屋市周辺および三河地域に行き着きます。当時、町中に数多く存在していた駄菓子屋の店主が、「育ち盛りの子どもたちに安価で腹持ちがよく、栄養のあるおやつを食べさせたい」という思いから考案したのが始まりとされています。
当時、知多半島や一色町(現・西尾市)周辺は全国有数のえびせんべいの生産拠点でした。割れせんや廉価な大判えびせんが手に入りやすい環境にあったことから、鉄板で焼いた卵をせんべいに挟んで提供するスタイルが定着しました。当時の価格は1枚10円から30円程度で、小遣いを握りしめた小中学生の間で瞬く間に大人気となりました。
時代が平成から令和へと移り変わる中で街の駄菓子屋は減少したものの、その調理の手軽さと確かな美味しさから、地域の夏祭りや秋祭りの屋台へと活躍の場を広げました。現在ではたませんお祭り屋台定番メニューとして確固たる地位を築き、東海地方の催事には欠かせない風物詩として親しまれています。