事件発生の舞台となった大高緑地公園は、現在では家族連れがピクニックを楽しみ、スポーツ施設や児童遊具が充実した名古屋市内有数の憩いの場として整備されています。しかし、地元住民や当時を知る世代の間では、今なお忌まわしい記憶の現場としての影が完全に消え去ったわけではありません。
当時を知る近隣住民や事件後に現場を訪れた人々の証言を追うと、凄惨な現場の空気感がどのように語り継がれているかが明確になります。
「事件直後は公園の該当エリアに花束が絶えず置かれており、車で立ち寄る人など誰もいませんでした。あんな静かな公園で、無抵抗の若い2人が助けを求めて絶叫していたのかと思うと、今でも夜に通るだけで胸が締め付けられます」(近隣に住む60代男性の証言)
また、近年のSNSやネットコミュニティ(5ちゃんねる、知恵袋など)での反応を分析すると、若い世代にとってもこの事件は特殊な衝撃を与え続けていることが窺えます。
「女子高生コンクリート詰め殺人事件と並んで、日本の少年犯罪の闇を象徴する事件。恋人と車にいただけの無実の若者が、なぜここまで残虐に殺されなければならなかったのか。理不尽すぎて読むだけで涙が出る」
「主犯が死刑を免れた理由が納得できない。2人も殺害して強盗と乱暴まで働いているのに、少年法が盾になったとしか思えない」
ネット上の世論調査やコメント欄では、実に9割以上の書き込みが当時の司法判断に対する疑問や、加害者の人権ばかりが守られる法制度への強い憤りを示しています。昭和末期に発生した事件でありながら、被害者への共感と司法への不信感は、何十年を経ても薄れることがありません。