倍井謙のキャリアを語る上で欠かせないのが、名古屋グランパスU-18から直接トップ昇格を選ばず、関西大学体育会サッカー部へと進学した4年間の選択です。アカデミー時代から世代屈指の技術を誇りながらも、大学サッカーというフィジカルコンタクトが激しい環境にあえて身を投じたことが、現在の強靭なボディバランスの礎となりました。
大学時代はエースナンバー「10番」を背負い、関西学生サッカーリーグで圧倒的な個人スタッツを記録。インカレや総理大臣杯といった全国舞台でも強烈なミドルシュートと無尽蔵の運動量を披露し、全日本大学選抜にも名を連ねました。当時の特番インタビューにおいて本人が語った「大学の4年間で身体の使い方と守備の強度を徹底的に叩き込んだことが、プロで戦うための最大の武器になった」という言葉通り、この遠回りに見えた選択がアタッカーとしての完成度を飛躍的に高めました。
名古屋復帰時に与えられた背番号「35」は、サポーターにとって大きな期待の象徴でした。かつてクラブのレジェンドや期待の若手が背負ってきた重みを受け止めつつ、自らのプレーでその番号の価値を高め続けています。下部組織育ち特有のクラブ愛と、大学経由ならではの精神的タフネスを併せ持つ倍井謙の経歴は、近年のJリーグにおける育成成功モデルの代表例と言えます。