古谷一行さんを語る上で欠かせないのが、日本を代表するロックバンドDragon Ashのリーダー・Kjこと降谷建志さんとの親子関係です。二世タレントという枠組みを遥かに超え、異なるジャンルでそれぞれ頂点を極めた稀有な父子として知られています。
降谷建志さんが1990年代後半に音楽シーンへ登場した当初、本人は「名優・古谷一行の息子」という看板に頼ることを嫌い、自らの力だけでミリオンセラーを叩き出しました。一方の古谷一行さんもまた、息子の音楽活動に一切口を挟むことなく、一人の独立した表現者として温かく見守り続けました。
建志さんが確立された地位を築いて以降は、メディアやインタビューでも互いへの敬意を隠すことはありませんでした。古谷さんは家庭内で「息子の新曲が出るたびに誰よりも熱心に聴いていた」とされ、建志さんもまた父の出演作を深くリスペクトしていました。
父の訃報に際し、降谷建志さんは自身のInstagramにおいて、若かりし頃の父の写真とともに「親父、お疲れ様。最後まで本当にカッコいい役者だったよ」という趣旨の追悼メッセージを投稿。言葉少なげながらも、表現者として、そして最愛の息子としての深い愛情と誇りが滲み出たメッセージは、多くのファンの胸を打ちました。
また、家庭においては元女優の妻が長年にわたり古谷さんの健康面・食事面を手厚く支え続け、闘病中も家族一丸となって古谷さんの俳優生活を支え抜いたことが知られています。