ミス日本の歴史を語る上で欠かせないのが、芸能界やマスメディアの第一線で活躍し続けるミス日本芸能人有名人たちの存在です。1950年の初代グランプリである山本富士子は、大映の看板女優として日本映画史に不滅の足跡を刻みました。また、1992年にグランプリに輝いた藤原紀香は、モデルから女優、舞台、慈善活動へと幅を広げ、圧倒的な存在感を保ち続けています。
タレントや医師として知られる西川史子(1996年フォトジェニック賞)や、美と健康のスペシャリストとして情報番組等で活躍する友利新(2004年準ミス日本)など、医療とメディアをクロスオーバーする人材を輩出している点も特徴的です。
さらに注目すべきは、ミス日本出身アナウンサーの層の厚さです。フジテレビやNHKをはじめとするキー局・地方局において、歴代のファイナリストや各賞受賞者が報道・情報キャスターとして数多く登用されてきました。ミス日本歴代グランプリおよび上位入賞者の多くは、大会終了後に単なるタレント活動にとどまらず、実業界、学術界、国際機関など多方面へ進出しており、その華麗な転身ぶりは他のコンテストの追随を許しません。