タタラ場を率いる指導者・エボシ御前自身の過去についても、劇中では直接語られない過酷な設定が存在します。公式設定資料や関係者の証言によると、エボシはかつて「倭寇(海賊)の頭領の妻」として海外を転々とし、やがて夫を自らの手で討ち滅ぼして組織の財産と最新鋭の火器(石火矢)の技術を手に入れたという裏設定が構想されていました。
エボシ自身が男社会の暴力と性的搾取の極限を経験し、それを力でねじ伏せて生き残ってきたからこそ、同じ境遇にある遊女たちを救い出し、自立した経済圏を築くに至ったという必然性があります。
ここで興味深いのは、自然界で育った「サン」と、人間社会の極限を生き抜いた「エボシ」の対比構造です。サンは山犬の娘として性の概念から切り離された純粋な野生として描かれる一方、エボシは高度な政治力と資本主義的リアリズム、そして女性性の酸いも甘いも噛み分けた現実主義者として描かれます。アシタカという異質な存在を媒介にして交錯する二人の女性像は、近代化の過渡期における「自然と文明」「生殖と自立」の相克を見事に体現しています。