今注目を集めている 桐谷広人の若い頃が超イケメンと話題!棋士時代と婚約破棄の真相について、詳しいまとめをご紹介しています。
桐谷広人という人物を語る上で欠かせないのが、「プロ棋士 七段」という最高峰の頭脳集団でのキャリアです。広島県竹原市に生まれた桐谷さんは、1968年に将棋界の巨人であり「新手一生」を掲げた実力制第四代名人・升田幸三に入門しました。升田名人の直弟子として厳しく鍛え上げられた桐谷さんは、1975年にプロ入り(四段昇段)を果たします。
棋士としての桐谷さんの代名詞は、自陣の玉を深く堅牢に囲う「居飛車穴熊(いびしゃあなぐま)」でした。当時、まだ評価が定まりきっていなかったこの戦法をいち早く研究し、序盤から強固な守りを築いて相手の攻めを根気強く受け止める棋風から「トウキョウ・ベア」「穴熊の桐谷」の異名を取るに至ります。升田幸三門下という名門の重圧を背負いながら、順位戦や公式戦で数々の名勝負を繰り広げました。
年代・時期棋士キャリア・主な出来事資産状況・株式投資の動向編集部の分析・人生の転換点1968年(18歳)〜1975年(25歳)升田幸三門下へ入門。1975年に四段昇段しプロ棋士デビュー株式未経験(奨励会での厳しい下積み時代)類まれな集中力と論理的思考力を将棋一筋で研ぎ澄ませた下積み期1984年頃(35歳前後)東京証券取引所などの将棋部で指導対局を担当証券マンの勧めで株式投資をスタート株との運命的な出会い。後の優待生活への第一歩となった転換点1989年〜1990年(40歳前後)現役プロ棋士として活躍、順位戦を戦い抜くバブル景気の波に乗り、時価資産が約3億円に到達「財テク棋士」として脚光を浴びるも、バブル崩壊への入り口に2007年(57歳)〜2008年(58歳)2007年に現役引退。棋士生活にピリオドを打つ信用取引の維持費とリーマンショックで資産5000万円へ激減莫大な追証と借金の危機。現金の枯渇から「優待生活」へ完全移行2013年〜2026年(現在76歳)2026年4月に七段昇段。メディア・講演で大活躍保有銘柄数1000以上、時価総額数億円超へ資産回復優待を使い切る独自の哲学が社会現象化。不動の地位を確立
現役棋士としての桐谷さんは、論理と直感を極限まで突き詰めるプロフェッショナルでした。しかし、その頭脳の鋭敏さゆえに、後に金融市場という巨大な荒波のなかで想像を絶するアップダウンを経験することになります。