他のテレビ番組が軒並み配信シフトを進める中で、なぜMステの見逃し配信は頑なに実現しないのでしょうか。テレビ局関係者や音楽業界関係者への取材から浮かび上がってきたのは、単なる局の方針にとどまらない、音楽ビジネス特有の構造的な障壁です。
1. 複雑怪奇な「著作隣接権」と複数レーベルの権利処理
音楽番組をネット配信する場合、楽曲を作詞・作曲した作家の「著作権(JASRAC等管理)」だけでなく、歌唱するアーティストの「実演家の権利」、音源を制作したレコード会社の「原盤権」という著作隣接権の許諾が個別に必要となります。Mステの1回の放送には、STARTO ENTERTAINMENT、LDH、ソニーミュージック、エイベックス、ユニバーサルミュージック、K-POP系事務所など、所属もレコード会社も異なる多数のアーティストが出演します。1組でもネット配信許諾の条件(配信期間、対価、地域制限等)で合意に至らなければ、番組全体の配信がストップしてしまう構造的なリスクを抱えています。
2. 過去アーカイブVTRにおける権利者許諾の不可能性
Mステの大きな魅力である「昭和・平成・令和のヒット曲ランキング」や「過去の貴重映像VTR」は、見逃し配信にとって最大のボトルネックです。数十年前の映像に映るアーティストの中には、すでに引退・解散しているグループ、事務所を移籍・独立したタレント、権利関係が散逸して所在確認が極めて困難な関係者が多数含まれます。地上波放送における二次使用許諾と、グローバルアクセスが可能なネット配信における許諾では契約条件が全く異なるため、過去VTRをそのままネット上に流すことは法務・コストの両面で事実上不可能と判断されています。
3. 配信コストとビジネスモデルの不一致
仮に莫大な労力をかけて権利処理をクリアしたとしても、権利者へ支払う配信ロイヤリティの総額は膨大な数字に膨れ上がります。TVerのような無料広告型配信(AVOD)では、その権利処理コストを回収できるほどの広告収益が見込めないという現実があります。採算が合わない以上、テレビ局側もリスクを冒してまで本編アーカイブの配信に踏み切れないのが実情です。