境内に一歩足を踏み入れた瞬間、誰もが息を呑むのが、昭和49年(1974年)5月に本殿の建て替えとともに完成した「獅子殿(ししでん)」の威容です。鉄筋コンクリート造、一部特殊塗装が施されたこの巨大なモニュメントは、単なる現代的なオブジェではなく、伝統的な神事舞台としての確固たる機能を備えています。
大きく見開かれた眼は太陽と月を象り、真鍮(しんちゅう)で作られた牙と24本にも及ぶ鋭い歯が配された開口部は、まさに何かを激しく吸い込もうとしているかのように見えます。宮司や社務所の伝承によると、この大きな口は「境内に渦巻くあらゆる邪気・悪霊・厄災をまるごと呑み込み、代わりに勝利と金運、幸運を呼び寄せて氏子や参拝者に届ける」という明確な祈祷的意図を持って設計されました。鼻の穴は音響用のスピーカー、開かれた口の内部は舞台となっており、例大祭では神楽や獅子舞、民踊などが奉納されます。
神社としての起源は極めて古く、平安時代の仁徳天皇の御代、この地域に疫病が流行した際に「牛頭天王(ごずてんのう)」をお祀りしたのが始まりと伝えられています。牛頭天王は素戔嗚尊(すさのおのみこと)と同体とされ、八岐大蛇(やまたのおろち)を退治した神話から、古来より厄除けや疫病退散、そしてあらゆる勝負事に打ち勝つ「勝運(かちうん)」の神として崇められてきました。さらに、商都・大阪の台所を支える難波一帯の産土神(うぶすながみ)として親しまれてきた歴史が結びつき、現代では「商売繁盛・事業成功・金運招福」をもたらす強力無比なパワースポットとして信仰されているのです。