なぜ江戸庶民は熱狂したのか?大山詣での真相と現代を歩く最新完全ガイド

なぜ江戸庶民は熱狂したのか?大山詣での真相と現代を歩く最新完全ガイド

なぜ江戸庶民は熱狂したのか?大山詣での真相と現代を歩く最新完全ガイドとは一体何なのか? 背景や要点を整理してお届けします。

個人で旅費を工面することが難しかった時代、庶民を強力にバックアップしたのが「大山講(おおやまこう)」と呼ばれる民間組織です。これは職人仲間や地域の長屋単位で毎月少しずつお金を積み立て、毎年くじ引きで選ばれた代表者数名(代参者)が講を代表して大山へ向かう、極めて合理的な相互金融システムでした。

この大山講を現地で手厚く迎えたのが「御師(おし)」あるいは「先導師(せんどうし)」と呼ばれる神職たちです。先導師は江戸の町へ定期的に出向いてお札を配り、参拝シーズンになると講員たちを自身の宿坊に宿泊させ、豪華な料理や祈祷を提供しました。宿坊ごとに特定の地域や職種との強固なネットワークが築かれ、これが現在も伊勢原市内に残る宿坊街の原形となっています。

大山詣でを象徴する最もユニークな習俗が、「納め太刀(おさめだち)」です。参拝者たちは、長さ数メートルにも及ぶ巨大な木製の太刀を担ぎ、威勢のいい掛け声を上げながら街道を練り歩きました。この木太刀には深い歴史の真相があります。武士ではない町人階級は真剣を所持することが禁じられていましたが、源頼朝が刀を奉納して武運を祈った故事にあやかり、木太刀を奉納することで厄を祓い、武士と同等の霊験にあずかろうとしたのです。

山頂に木太刀を奉納した代参者は、前年に他者が納めた古い木太刀を代わりに持ち帰り、留守を守る講員たちに配りました。「神の力が宿った太刀を循環させる」というこの仕組みは、地域全体に安心と御利益を行き渡らせる見事な宗教的工夫でした。

こうした講中の人間模様を滑稽に描いた古典落語の名作が「大山詣り」です。あらすじは、喧嘩っ早くて酒癖の悪い長屋の熊さんが、講の仲間から「山中では絶対に酒を飲まない、喧嘩をしない」という約束をさせられて出発するものの、無事に参拝を終えた宿坊での直会(打ち上げ)で深酒をして大暴れ。怒った仲間たちに寝ている間に頭をツルツルに丸刈りにされ、宿に置き去りにされてしまいます。激怒した熊さんは一足先に江戸へ戻り、長屋の女房連中に「船が転覆して自分以外は全員溺れ死んだ。仲間を弔うために出家した」と嘘をつき、女房たちまで全員坊主頭にさせてしまうという痛快な復讐劇です。落語に残るエピソードからも、大山詣でが庶民にとっていかに身近で、喜怒哀楽に満ちた一大イベントであったかが窺い知れます。

小林 直樹
著者

小林 直樹

シンプルで洗練された住まいづくりとインテリアコーディネートのアイデアを提案しています。