当日、本来であれば123便に搭乗する予定でありながら、直前のスケジュール変更や突発的な事情で搭乗を回避した著名人が数多く存在します。そのエピソードは、人生の不思議な巡り合わせとして語り継がれています。
お笑いタレントの明石家さんまさんは、当時レギュラー出演していたフジテレビ系バラエティ番組『オレたちひょうきん族』の収録後、大阪へ移動してMBSラジオ『ヤングタウン』の生放送に出演するため123便を予約していました。ところが、当日の『ひょうきん族』のコント収録が異例の早さで巻き進行となり、予定より1本早い全日空便(ANA)へ変更できたことで難を逃れました。大阪のスタジオに到着した直後に事故の一報を知ったさんまさんは、ラジオの生放送で言葉を失うほどの衝撃を受け、後に自身の座右の銘となる「生きてるだけで丸儲け」という言葉を深く胸に刻むきっかけになったと明かしています。
タレントの稲川淳二さんは、テレビ東京の釣り番組ロケを終えて羽田から大阪へ向かうため123便のチケットを所持していました。しかし、当日は猛烈な疲労と酷い体調不良に襲われ、同行していたスタッフから「顔色が異常に悪いから、今日は新幹線でゆっくり休んで行ってはどうか」と強く勧められ、急遽東京駅発の東海道新幹線に変更。新幹線の車内ニュースで搭乗予定だった便の墜落を知り、恐怖で全身が震えたと述懐しています。
このほかにも、フジテレビアナウンサー(当時)の逸見政孝さん一家は、妻の強い希望で飛行機から新幹線へ変更したことで難を逃れ、タレントの久米宏さんや元宝塚トップスターの麻実れいさんなども、仕事の都合やスケジュールの前倒しによって危機を回避していました。