二人の出会いは、雨上がり決死隊が結成されて間もない1990年代前半、大阪の若手芸人時代にまで遡ります。知人の紹介を通じて知り合った二人は意気投合し、交際をスタートさせました。当時の宮迫氏は芸人としての月収が数万円程度という極貧の下積み生活。食事を工面し、精神的な支柱となっていたのが紀子さんでした。
関西圏にある紀子さんの実家は礼儀やしつけに厳しいしっかりとした家庭環境であり、将来の見えない売れない若手芸人との交際には周囲からの心配もあったとされています。しかし、彼女は宮迫氏の才能を誰よりも信じていました。
東京進出を機に「先が見えない苦労をこれ以上かけられない」と思い詰めた宮迫氏が一度は別れを切り出した際、紀子さんは毅然とした態度でこう言い放ちました。
「今すぐ結婚するか、もう二度と会わないかどっちかにして」
この潔い逆プロポーズに心を打たれた宮迫氏は腹をくくり、1996年に結婚を決断。まさに紀子さんの覚悟が、今日の宮迫博之のキャリアを切り拓いた原点でした。