お妾の意味とは?愛人や側室との違いと明治まで合法だった衝撃の真相

お妾の意味とは?愛人や側室との違いと明治まで合法だった衝撃の真相

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妾制度の歴史を語る上で避けて通れないのが、その関係から出生した子どもたちが背負わされた重い法的・社会的ハンディキャップです。 明治民法のもとでは、婚姻関係にない男女から生まれた子どもは「私生児」と呼ばれました。父親が認知した場合のみ「庶子(しょし)」として戸籍に記載され、父の家に入ることは認められたものの、本妻との間に生まれた「嫡出子(ちゃくしゅつし)」に比べて家督相続や財産相続で極めて不利な立場に置かれました。 戦後の日本国憲法制定に伴い、1947年に民法が抜本改正された際も、この構造的差別は形を変えて残存しました。それが旧民法第900条第4号但書の規定です。 「嫡出でない子の法定相続分は、嫡出である子の法定相続分の2分の1とする」 法律婚を尊重し家族の秩序を守るという建前のもと、親の選べない境遇によって子ども自身が生涯にわたる差別を背負わされたのです。当時の当事者たちの手記や家庭裁判所の記録には、父親の死後に本妻の親族から冷酷に締め出され、名跡や遺産の分配から排除された「妾腹の子」たちの悲痛な証言が数多く刻まれています。 この半世紀以上にわたる理不尽な規定に終止符が打たれたのは、21世紀に入ってからのことでした。2013年(平成25年)9月4日、最高裁判所大法廷は、相続分の半減規定について「個人の尊厳と法の下の平等を定めた憲法第14条第1項に違反する」として、裁判官全員一致の意見で歴史的な違憲決定を下しました。 これを受け、同年12月に民法が改正され、嫡出子と非嫡出子の相続分は完全に平等となりました。法制度としての「妾の子」に対する法的な差別は形式上消滅したものの、戸籍や親族関係の歴史に刻まれた傷痕は、近代日本が家族制度の美名の下に何を切り捨ててきたのかを今なお静かに問いかけています。

渡辺 美咲
著者

渡辺 美咲

心身ともに健康で持続可能なライフスタイルをテーマに、最新のウェルネストレンドを発信中。