オニヤンマが学術的なスポットライトを浴びた背景には、江戸時代後期の劇的な歴史が横たわっている。長崎・出島にオランダ商館医師として着任したフィリップ・フランツ・フォン・シーボルトは、日本の比類なき生態系に圧倒された。彼が精力的に収集し、ヨーロッパへと持ち帰った膨大な動植物標本の中に、堂々たる体躯を誇るオニヤンマの姿があったのだ。
この標本をもとに、ベルギーの昆虫学者エドモン・ド・セリ・ロンシャンが1854年に記載。学名「Anotogaster sieboldii(アノトガステル・シーボルディ)」と命名され、学名そのものにシーボルトの名が刻まれることとなった。国立科学博物館に保管されている貴重な歴史的資料や標本群を見ても、日本の豊かな自然史と近代ヨーロッパの昆虫学(エントモロジー)が交差した瞬間の興奮が、色褪せることなく伝わってくる。
当時の自然科学・学術出版を紐解くと、東洋の島国で「鬼蜻蜓」と呼ばれていた漆黒と黄金の怪物が、いかに西洋の碩学たちを驚嘆させたかが克明に記されている。漢字文化圏の直感的な命名と、リンネ式階層分類学という西洋の論理体系。この二つが見事に結実した存在こそが、私たちが今日目にするオニヤンマなのだ。