黒死病とは何か?中世欧州を壊滅させた致死率と症状・感染経路の真実

黒死病とは何か?中世欧州を壊滅させた致死率と症状・感染経路の真実

黒死病とは何か?中世欧州を壊滅させた致死率と症状・感染経路の真実についての真相を徹底解説します。

数千万人の命を奪った猛威は、なぜ沈静化したのでしょうか。決定的な要因は単一ではなく、複数の条件が重なり合った結果と分析されています。

第一に、生き残った人々の中で免疫を獲得した割合が増えたこと。第二に、感染者の急速な死亡によって宿主が減少し、ウイルスの自然減退が起きたことです。さらに、ベネチアなどで導入された40日間の入港隔離措置(イタリア語のquarantaが「quarantine=検疫」の語源)をはじめとする初期の公衆衛生対策や、寒冷化に伴うネズミ・ノミの活動低下が終息を後押ししました。

日本におけるペストの歴史に目を向けると、中世の黒死病パンデミックは島国であった日本には到達しませんでした。日本国内で本格的な流行が記録されたのは近代以降の1899年(明治32年)、台湾・中国経由で神戸や横浜港に上陸した事例です。しかし、日本を代表する細菌学者・北里柴三郎が1894年の香港調査でペスト菌をほぼ同時期に発見していたこともあり、港湾での徹底した水際対策やネズミ駆除(ネズミ買い上げ制度)が即座に展開され、中世欧州のような壊滅的被害は防がれました。

小林 直樹
著者

小林 直樹

シンプルで洗練された住まいづくりとインテリアコーディネートのアイデアを提案しています。