批評家とは?評論家との違いや年収の実態・なる方法を徹底解剖

批評家とは?評論家との違いや年収の実態・なる方法を徹底解剖

批評家とは?評論家との違いや年収の実態・なる方法を徹底解剖の基礎知識と応用に迫る! 専門的な視点でご紹介しています。

ソーシャルメディアの普及以降、ネット空間では批評家に対して「他人の褌で相撲を取っている」「自分では何も作れないくせに文句ばかり言う粗探し屋」といった厳しい視線が向けられる場面が激増しました。しかし、こうした言説は批評の本質を見誤った誤解と言わざるを得ません。

コトバンクに見る「近代批評」の歴史的ルーツ

百科事典や辞書の知見を集約したコトバンクの解説によると、職業的批評家が社会に誕生したのはフランス革命以降の19世紀とされています。その契機となったのは「ジャーナリズムの発達」と「個人主義的な哲学の普及」でした。

それまで絶対的な王権や宗教的権威が定めていた「正しさ」や「美」の基準から人々が解放されたとき、多様な価値観の中で「この作品は何を問いかけているのか」を公に論じ合う必要性が生じました。すなわち、批評とは権力や大衆の同調圧力から個人の思考を守り、開かれた議論の広場(パブリック・スフィア)を維持するための社会的装置として誕生した歴史を持ちます。

現場の批評家が吐露する「引き裂かれる苦悩」

ある映画批評家は自著の手記の中で、次のような過酷な胸中を告白しています。

「試写室を出た後、監督やプロデューサーの熱意や苦労を肌で感じていればいるほど、その作品の構造的破綻を指摘する原稿を書く手は震える。しかし、制作側の事情に忖度して甘い言葉を並べれば、批評家としての生命は死ぬ。作品を愛するからこそ、時に容赦のないメスを入れなければならない孤独がある」

批評家とは、作り手への単なる誹謗中傷を行う存在ではありません。むしろ、作品の放つ熱量を全身で受け止め、作り手自身さえ無自覚だった盲点や可能性を言語化し、文化の土壌を肥沃にするために身を削る「最も過酷な伴走者」なのです。

山口 彩花
著者

山口 彩花

グルメと旅を愛するフリーライター。全国各地の隠れた魅力を独自の視点から紹介します。