1945年8月15日、日本は無条件降伏を受け入れた。しかし、満州の最前線ではソ連軍の侵攻が止まらず、関東軍の撤退に伴い、取り残された日本人開拓民への略奪や暴行が頻発していた。
谷藤少尉が所属していた神州不滅特別攻撃隊は、すでに武装解除の命令を受けていたはずだった。それにもかかわらず、なぜ4日も経った19日に飛び立ったのか。当時の生存者の証言によれば、彼らは「せめて同胞が逃げる時間を稼ぐ」という大義名分を掲げていたという。だが、そこには正規の軍令はなく、現場の独断による「私的特攻」の側面が強かった。