『ハサミ男』の成功後、殊能将之が展開した作品群は、どれも一筋縄ではいかない実験精神に満ちていました。特に私立探偵・石神歩が登場するシリーズ作は、本格ミステリというジャンルそのものを批評的に解体・再構築する試みとして極めて高い評価を得ています。
第2作の『美濃牛』は、横溝正史を彷彿とさせる因習渦巻く山村と漆黒の鍾乳洞を舞台にした大作です。緻密な現地調査と民俗学的知見に裏打ちされた重厚な世界観の中で、徹底した物理的・論理的推理が展開されます。
続く第3作『黒い仏』は、日本の本格ミステリ界で最大の賛否両論を巻き起こした伝説的一作です。仏像盗難事件から始まる伝統的な謎解きが、後半である驚天動地のジャンル越境を起こす展開は、読者の予想を根底から裏切る殊能将之ならではの過激な企みでした。
そして第4作『鏡の中は日曜日』では、フランスの怪盗ルブランのパスティーシュを織り交ぜつつ、梵天館と呼ばれる特異な建築物での密室殺人を描き出しました。エッシャーのだまし絵を思わせる重層的なプロットは、ミステリを愛する者への至高のラブレターとなっています。