姉の勧めで人気ファッション雑誌『ニコラ』のオーディションに応募し、モデルとして芸能界への第一歩を踏み出した少女時代。当時、まだ中学生だった彼女を東京へ送り出すにあたり、父親は最初から手放しで賛成したわけではなかった。
「娘の安全と将来を誰よりも心配していたお父さんは、芸能界という特殊な世界に入ることに慎重でした。しかし、本人の強い決意を感じ取ると、『やるからには途中で投げ出すな。感謝の気持ちを忘れるな』と背中を押したそうです」。
上京後、レプロエンタテインメントに所属し、映画『恋空』でブレイクを果たした際も、父親は浮かれることなく、沖縄から静かに娘を見守り続けた。電話で落ち込む娘に対し、「いつでも帰ってくる場所はある。だから目の前の仕事に全力を尽くしなさい」と声をかけたという。