現存する写真が撮影された主な拠点は、激戦地として知られる雲南省松山や、インパール作戦の後退期にあたるビルマ戦線(現ミャンマー)のミッチーナでした。当時の戦況は日本軍にとって極めて過酷であり、補給路を断たれた前線基地での玉砕戦が相次いでいた時期にあたります。
1944年8月、ビルマ北部の要衝ミッチーナの陥落に伴い、米軍は同地で20名の朝鮮人慰安婦と数名の日本人経営者を保護・拘束しました。この際に撮影された集合写真や、野戦病院での治療風景、物資を配給される様子などのスナップ写真は、戦場の混沌としたリアルを今に伝えています。
これらの写真の撮影経緯を辿ると、激しい砲撃戦が終息した直後、最前線の防空壕や野営地から脱出・保護された直後の緊迫した空気感が浮き彫りになります。極限状態の戦場において、軍の後方支援部隊や民間人がどのような状況に置かれていたのかを伝える貴重な視覚資料となっています。