米良美一の人生は、常に過酷な身体的ハンディキャップとの戦いでした。彼は出生時に先天性の難病である「骨形成不全症」と診断されました。骨が極めて脆く、わずかな衝撃でも骨折を繰り返す疾患であり、幼少期から青年期にかけて実に30回近くもの骨折を経験。長期間の入院や車いす生活を余儀なくされる過酷な少年時代を過ごしました。
しかし、その病室でラジオから流れる音楽に慰められ、独学で歌の基礎を育んだことが、のちの世界的なカウンターテナー誕生の原点となりました。
さらなる悲劇が彼を襲ったのが、2014年12月のことでした。自宅で倒れているところを発見され、緊急搬送された診断結果は「くも膜下出血」。一時は意識不明の重体に陥り、医師からは生命の危機や重篤な後遺症の可能性が告げられました。開頭手術は成功したものの、言語障害や運動麻痺のリスクが懸念される絶望的な状況からのスタートでした。
そこから米良美一を救ったのは、不屈の精神と音楽への強い執念でした。懸命な言語リハビリと発声練習を重ね、翌2015年には見事にステージへ復帰。公の場で見せた涙の手記や復帰会見では、「生かされた命を歌のために使いたい」と語り、日本中に深い感銘を与えました。