正座は元々拷問だった?江戸の石抱きと現代の体罰問題を徹底検証

正座は元々拷問だった?江戸の石抱きと現代の体罰問題を徹底検証

正座は元々拷問だった?江戸の石抱きと現代の体罰問題を徹底検証について知っておくべき 理由を分かりやすく解説いたします。

結論から言えば、「正座という姿勢そのものが拷問を起源として考案された」という言説は歴史学的には事実無根の俗説である。しかし、火のないところに煙は立たないと言われる通り、この噂がここまで強固に広まった背景には、江戸時代の残酷な司法制度と、明治期に作られた「作られた伝統」という2つの決定的要因が存在する。

そもそも歴史をさかのぼると、平安時代から室町、戦国時代に至るまで、日本人の基本的な座り方は「胡座(あぐら)」や片膝を立てる「立膝(たてひざ)」であった。戦国武将の肖像画を見ても、織田信長や豊臣秀吉、徳川家康といった名だたる武将の多くがあぐら、あるいはゆったりと足を崩した姿勢で描かれている。命のやり取りが日常だった合戦の時代、両足の上に尻を乗せる正座は、奇襲を受けた際に即座に抜刀して立ち上がることができない極めて無防備な体勢であり、日常的にとることはあり得なかった。

変化が生じたのは、徳川幕府による支配が磐石となった江戸時代中期以降のことだ。参勤交代や幕府の儀礼が厳格化する中で、主君に対する絶対的な恭順と敵意のなさを証明するポーズとして、膝を揃えてかしこまる「端坐(たんざ)」が武士階級の礼式として定められた。相手に対して即座に反撃できない無力化された姿勢をとることこそが、忠誠の証とされたわけである。

では、なぜ「拷問がルーツ」と混同されたのか。その最大の引き金となったのが、江戸時代の刑事裁判において容疑者の自白を引き出すために正座が極限まで悪用された歴史である。

中村 さくら
著者

中村 さくら

エンタメ・カルチャー業界の深掘り取材を得意とし、現場のリアルな声をお伝えします。