クラシック音楽のコンサートでは、演奏中の私語はもちろん、楽章間の拍手すらマナー違反とされるのが通例です。ところが『ラデツキー行進曲』に限っては、客席全体の手拍子こそが楽曲の完成ピースとして歓迎されます。この特異な演奏形態が生まれた発端は、1848年8月31日のウィーン初演に遡ります。
当時、出来上がったばかりの軽快でリズミカルな行進曲が披露された瞬間、会場にいたオーストリア軍の将校や貴族たちが、威厳を忘れて思わず足踏みと手拍子でリズムを取り始めました。軍楽特有の重苦しさを排し、ウィーン風の優美なワルツのリズム感覚を取り入れた旋律が、聴衆の身体を自然に突き動かしたのです。
この自然発生的なアクションを舞台演出として洗練させたのが、ウィーン・フィルで長年コンサートマスター兼指揮者を務めたヴィリー・ボスコフスキーでした。1950年代から70年代にかけて、彼はバイオリンを片手に客席へ振り返り、手拍子の音量やタイミングを巧みにコントロール。手拍子を指揮者と聴衆による「共同のパフォーマンス」へと昇華させ、世界的な恒例行事として定着させました。