事件当時、ワイドショーは連日のように彼女の奇行や生い立ちを報じた。その中で、卒業アルバムの公開は視聴者の好奇心を刺激する格好のコンテンツとなった。容疑者のプライバシーはどこまで守られるべきなのか、という議論はこの時代から存在したが、インターネットの爆発的な普及前夜であった当時、歯止めは効かなかった。
2026年の現在から振り返ると、当時の報道姿勢には倫理的な問題が多々見受けられる。容疑者の過去を暴き立てることで、視聴者に「怪物」としてのイメージを植え付ける手法は、事件の本質的な原因追究を妨げた側面もあるのではないか。