ウサイン・ボルトの肉体を語る上で避けて通れないのが、生まれつき抱えていた「脊柱側弯症」の存在だ。背骨がS字に湾曲するこの症状は、左右のストライドや接地バランスに大きな非対称性を生み出す。通常の短距離走者であれば致命傷になりかねないハンディだった。
この歪みを克服するために構築されたのが、強靭極まりない深層筋(インナーマッスル)である。スポーツバイオメカニクスの分析によると、ボルトは右足と左足で接地時間や加える力に約10%の差があった。それでも骨盤がブレずに前方への推進力を保ち続けられたのは、腹横筋や多裂筋、腸腰筋が強固なコルセットの役割を果たしていたからにほかならない。非対称な身体を骨盤の回転力へと昇華させる独自のキネティックチェーン(運動連鎖)こそが、トップスピード時における驚異的な安定感の正体だった。