当時の会場に足を運んだ来場者の証言やSNS・コミュニティ上の記録を振り返ると、そこには「科学的な知的好奇心」と「説明のつかない生理的恐怖」が奇妙に同居する異様な空間が広がっていました。
会場内では、薄暗い照明の中で皮膚を剥がされた全身標本がスポーツの躍動的なポーズを取らされ、ガラスケースにも入れられず剥き出しの状態で陳列されていました。最も物議を醸したのは「本物の人間の脳や輪切り標本に直接手で触れられるタッチコーナー」の存在です。ゴム手袋を着用して標本を撫でる子どもたちの姿がテレビのニュースや特番で報じられる一方、現場を訪れた医療従事者からは「死者に対する敬意の欠片もない」と強い憤りの声が上がっていました。
ネット上の掲示板やレビューでは、「筋肉の繊維や血管の細部まで見えて人体の凄さに感動した」という純粋な科学的驚きが語られる一方で、「生前の名前も分からない人間がなぜ見世物にされているのか」「胎児を抱えた妊婦の標本を見て激しい吐き気を覚えた」という痛烈な批判が徐々に主流を占めるようになりました。知的好奇心を満たすイベントという建前が剥がれ落ち、グロテスクな商業ショーとしての実態が可視化されていったのです。