倶利伽羅不動寺の縁起は、奈良時代の養老2年(718年)にインドの高僧・善無畏三蔵(ぜんむいさんぞう)がこの地を訪れ、不動明王の神泉を感得して倶利伽羅竜王の姿を刻んだことに始まります。その後、平安時代の弘仁3年(812年)に弘法大師空海が自ら彫り上げた倶利伽羅竜王像を本尊として安置し、開山結界したと伝わります。
歴史の大きな転換点となったのが、治承・寿永の乱(源平合戦)における寿永2年(1183年)の「倶利伽羅峠の戦い」です。平家の大軍を迎え撃った木曾義仲(源義仲)は、倶利伽羅不動尊に願文を捧げて必勝を祈願しました。そして夜陰に乗じ、数百頭の牛の角に松明を結びつけて敵陣へ突入させた伝説の奇策「火牛の計(かぎゅうのけい)」などを駆使して大勝を収めました。
義仲の悲願成就以降、源頼朝をはじめとする武将たちからの崇敬を集め、江戸時代には加賀藩主・前田利家公や歴代藩主によって手厚く庇護され、北陸屈指の大伽藍へと発展を遂げました。今なお山頂一帯には当時の激戦を偲ばせる史跡が点在し、歴史の重みを肌で体感できます。