古代史ファンの間でも長年議論の対象となり、ネット上でもしばしば誤解されているポイントを検証します。
誤解1:古事記は偽書(後世の創作)である?
江戸時代から近代にかけて「古事記は平安時代以降に捏造された偽書ではないか」という偽書説が一部で囁かれていました。日本書紀には完成時の公式な朝廷記録(続日本紀)が存在するのに対し、古事記の献上記録が同時代の正史に見当たらないことがその理由でした。
しかし、1979年に奈良県奈良市で太安万侶の墓が発掘され、墓誌銘(ぼしめい)から太安万侶の実在と没年が確定したこと、さらに使用されている語彙や万葉仮名の書法が奈良時代初期(上代特殊仮名遣)と完全に一致することが国語学的に証明されたことで、現在では古事記が712年に成立した真正の古代史料であることが学術的に確定的となっています。
誤解2:日本書紀の方が優れていて、古事記は不要だった?
平安時代から室町時代にかけて、国家の公式記録として重宝されたのは圧倒的に「日本書紀」でした。宮中では定期的に日本書紀の講義(日本紀講筵)が開かれ、貴族の教養とされました。そのため古事記は長らく影に隠れ、顧みられない時代が続きました。
この状況を一変させたのが、江戸時代の国学者・本居宣長(もとおりのりなが)です。宣長は34年余りの歳月をかけて大著『古事記伝』を著し、「日本書紀は中国風の飾り(漢心)が多いが、古事記には古代日本人の純粋な心情(やまとごころ)がそのまま残されている」と評価しました。これにより、古事記は日本文学・神道の最高峰テキストとして再評価されるに至ったのです。