上川口屋が産声をあげた天明元年(1781年)は、第10代将軍・徳川家治の治世であり、田沼意次が幕政を担っていた時代です。創業のルーツを辿ると、加賀藩(前田家)のお抱え飴屋として営業を始めたことが起源と伝えられています。
当時、雑司ヶ谷鬼子母神は江戸市中随一の霊場として、安産や子育祈願に訪れる武士から庶民まで多くの参拝者で賑わっていました。その参道・境内に店を構え、参詣土産や子どもたちのおやつとして親しまれたのが上川口屋の始まりです。
明治維新、関東大震災、そして東京大空襲という幾多の戦火や災禍をくぐり抜けながらも、店舗は奇跡的に焼失を免れ、今もほぼ当時の面影を残す木造建築のまま境内に佇んでいます。店頭に並ぶガラス瓶や木製の陳列棚は、単なるレトロな装飾ではなく、2世紀以上ものあいだ子どもたちの手元を見つめ続けてきた本物の歴史遺産です。