タブロイド判の夕刊紙として広く認知されている日刊ゲンダイですが、その成り立ちには日本の出版史における大きなドラマが隠されています。株式会社日刊現代の初代社長を務めたのは、講談社社長・野間省一氏の娘婿であった野間惟道氏です。当時の講談社社内における経営陣の路線対立や派閥抗争の渦中、現場の指揮を執っていた川鍋孝彦氏らとともに、既成の日刊新聞にはない新しい大衆紙を目指して1975年10月に立ち上げられました。
大手新聞社が記者クラブ制度に依存し、政財界との距離感に配慮した無難な報道に終始しがちだった時代において、夕刊紙日刊ゲンダイが掲げた旗印は「権力に媚びない大衆の代弁者」でした。取次や駅売店での即売を中心とする流通モデルを採用したことで、定期購読を前提とする全国紙とは異なり、毎夕「サラリーマンが思わず財布を開きたくなる強烈な切り口」を追求する取材・編集方針が確立されたのです。
その後、講談社本体のWebプラットフォーム「現代ビジネス」やNTTドコモの「dメニュー」など各種大手ポータルへの記事配信、さらには自社サイト日刊ゲンダイDIGITALの開設を通じてデジタルシフトを加速させました。紙の夕刊紙市場が全体として部数減少傾向にある中、Webメディアとしてのリーチ力は月間数千万PV規模を維持し、ネット世代の読者をも巻き込む情報発信源として機能しています。