数字上の勝敗だけでなく、日本サッカーのプレースタイルそのものを形作った指揮官たちのレガシーも見逃せません。
2002年日韓W杯で初のベスト16入りを果たしたフィリップ・トルシエ監督は、「フラット3」と呼ばれる厳格なゾーンディフェンスのオートマティズムを叩き込み、守備の組織論を劇的にアップデートしました。そして2006年に就任したイビチャ・オシム監督は、「考えて走るサッカー」「相手の不意を突くプレー」を標榜し、選手のインテリジェンスと自立を促しました。オシムの名言である「走らない選手は、ピッチから去るべきだ」「日本のサッカーを日本人の特徴に合わせてクリエイトする」という哲学は、現代の日本代表が標榜するアグレッシブなプレッシングの礎となっています。
その後を引き継ぎ、2010年南アフリカW杯でチームをベスト16躍進へ導いた岡田武史監督の舵切りも見事でした。大会直前の深刻な不振から、本大会で阿部勇樹をアンカーに据えた堅守速攻の4-1-4-1へとシステムを変更。本田圭佑のワントップ起用が見事にハマり、自国開催以外では初となる国外W杯での決勝トーナメント進出を成し遂げました。さらに2011年、アルベルト・ザッケローニ監督の下で見せた華麗なパスワークによるアジアカップ制覇など、各指揮官の試行錯誤が今の日本サッカーの土台を築いています。