三島由紀夫が太宰治を嫌った理由は、単なる文学的嗜好の不一致にとどまりません。三島が残した評論『小説家の休暇』や『作家論』における太宰批判を精査すると、そこには日本の伝統的「私小説」への激しい怒りと、心理学的な「同族嫌悪(自己影の投影)」が鮮明に浮かび上がります。
三島が挙げた具体的な「太宰を嫌う3つの理由」は次の通りです。
- 第一に、その人間的欠陥をあえて売り物にするポーズ:三島は「太宰の持っていた性格的欠陥は、少なくともその半分が冷水摩擦や器械体操や規則正しい生活で治る性質のものだった」と手厳しく指摘しました。生活を律する努力を放棄し、病弱やだらしなさを芸術家の免罪符にする姿勢を軽蔑したのです。
- 第二に、読者に対する過度な「甘え」と共犯関係:自らの弱さを告白することで読者から「かわいそうに」「あなただけは分かってくれる」という慰撫を引き出そうとするナルシシズムを、三島は「文学の堕落」と断じました。
- 第三に、形体(フォーム)と劇的構築の欠如:ヨーロッパの古典主義や劇文学に傾倒していた三島にとって、自己の私生活を切り売りするだけの無防備な散文は、建築物のような美の構築を放棄した怠慢に他なりませんでした。
しかし、現代の心理学的視点から分析すると、三島のこの苛烈な攻撃は「自己の鏡像に対する恐怖」であったことが分かります。三島自身もまた、幼少期の病弱さ、過度な自意識、強烈な破滅願望や死への魅惑を抱えて生きていました。三島は自らの内にある「太宰的な軟弱さ・自己憐憫」に誰よりも怯えていたからこそ、過酷な筋力トレーニングで肉体の鎧をまとい、厳密な論理武装を施すことで、自分の中の太宰を必死に抹殺しようとしていたのです。