留年を乗り越えて1年遅れで成城学園高校を卒業した小宮でしたが、成城大学への内部推薦枠は得られませんでした。そこで選択したのが、他大学への一般受験を目指す道でした。ここから三四郎小宮の浪人時代という、もうひとつの試練が幕を開けます。
高校卒業後、小宮は大手予備校に通い始めました。しかし、成城学園で初等部からエスカレーター式に育った小宮にとって、本格的な大学受験勉強のノウハウはなく、長時間の座学に耐える集中力も続きませんでした。最初は予備校の自習室へ向かっていたものの、次第に足が遠のき、ゲームセンターやパチンコ店に逃避する日々が続いたと告白しています。
結果として、1年間の浪人生活を経ても学力は向上せず、志望校への合格は叶いませんでした。この時点で「大学進学」という選択肢は完全に消滅します。同級生たちが成城大学や他大学で華やかなキャンパスライフを謳歌する中、小宮は肩書のない無職・フリーター同然の生活へと突入しました。
暗闇の中にいた小宮を救い出したのが、かつての同級生であり、成城大学へ進学していた相田周二でした。小宮の笑いの才能を誰よりも認めていた相田と再び意気投合し、大学在学中だった相田を誘う形で人力舎の養成所(スクールJCA)の門を叩きます。大学進学の挫折がなければ、芸人・三四郎は誕生していなかったと言っても過言ではありません。