1985年秋、女優・夏目雅子さんが白血病により27歳の若さでこの世を去ったとき、夫であった伊集院静氏の受けた衝撃は計り知れないものでした。仕事を手放し、酒と博打に溺れ、暴力と自暴自棄の闇へと沈んでいく青年。周囲が腫れ物に触るように距離を置くなか、真正面からその懐へと踏み込んできた人物こそが色川武大氏でした。
銀座の文壇バーなどで顔を合わせていた二人は、やがて特別な距離感で結ばれていきます。色川氏は決して説教を垂れることも、安易な慰めを口にすることもありませんでした。ただ一言、「旅へ出よう」と声をかけ、傷だらけの青年を勝負の現場へと連れ出したのです。世間の常識や道徳から外れた場所で、ただ生きている実感を分かち合うこと。それこそが、色川氏が差し伸べた唯一無二の救済の手でした。