僧帽弁閉鎖不全症の手術を考える上で、患者がもっとも戸惑うのが「手術を受けるタイミング」です。日常生活でほとんど息切れを感じていないにもかかわらず、医師から手術を勧められて驚くケースは珍しくありません。
日本循環器学会および米国心臓病学会(ACC/AHA)の弁膜症治療ガイドラインでは、重度の逆流を伴う原発性(器質性)僧帽弁閉鎖不全症に対しては、自覚症状がなくても左室の拡大や心機能低下の兆候が見られた段階での早期手術(特に弁形成術)をクラスI(強く推奨)として位置付けています。
心臓は非常に我慢強い臓器です。弁の逆流が起きても、左心室が自らを大きく広げて血液を送り出すことで、長期間にわたり自覚症状を出さずに代償しようとします。しかし、心臓の筋肉(心筋)が限界を迎えて一度線維化や機能不全を起こしてしまうと、たとえ後から手術で逆流を止めても心機能が完全には元に戻りません。「症状が出てからでは遅い」と言われるのはこのためです。
修復成功率が95%を超える経験豊富な専門施設であれば、無症状の段階で弁形成術を行うことで、術後の寿命や予後を健康な同年代と同等レベルに保つことが可能です。「まだ元気だから様子を見る」という先送りが、かえって心臓の寿命を削る結果になりかねない点には注意が必要です。