山本五十六の戦死はなぜ防げなかったのか?暗号解読と撃墜の真相に迫る

山本五十六の戦死はなぜ防げなかったのか?暗号解読と撃墜の真相に迫る

山本五十六の戦死はなぜ防げなかったのか?暗号解読と撃墜の真相に迫るとはどんな影響があるのか? 専門的な分析を整理してお届けします。

日本海軍が「海軍甲事件」と呼称したこの悲劇は、1943年4月18日の早朝に幕を開けました。ガダルカナル島の戦いで敗北を喫し、劣勢に立たされていた前線の士気を高めるため、山本五十六長官はショートランド島方面の前線航空基地を自ら巡視する強行スケジュールを組みました。

午前6時5分、ラバウル東飛行場を飛び立ったのは、山本長官が搭乗する1番機と、宇垣纏 参謀長らが乗り込む2番機の一式陸上攻撃機2機。これを取り囲むように護衛の零式艦上戦闘機(零戦)6機がV字の編隊を組み、目的地であるブーゲンビル島のブイン基地へと順調に飛行を続けていました。

しかし、予定時刻の午前7時45分頃、着陸態勢に入り高度を下げ始めた編隊の背後から、突如として超低空で接近してきた米陸軍のP-38戦闘機群が襲いかかります。長距離増槽タンクを切り離し、圧倒的な加速力と火力で襲撃してきた敵機に対し、護衛の零戦隊は即座に応戦したものの、多勢に無勢の奇襲戦を防ぎきることはできませんでした。

木村 陽翔
著者

木村 陽翔

デジタルガジェットとスマート家電の検証記事を多数執筆。失敗しないモノ選びを提案します。