大正時代の港湾労働は、現代のような重機が存在せず、すべてが人の手による肉体労働だった。船主や荷主からの依頼を受け、素早く確実に荷揚げを行うためには、強力な結束力と現場の統制が不可欠であった。山口春吉が主導した組織は、単なる暴力集団ではなく、港の物流を円滑に回すための血の通った労働力提供組織という側面を強く帯びていた。
また、当時の港町における主要な娯楽であった浪曲や芝居などの興行権を手がけたことも、組織の財政基盤を強固にした。大嶋組の庇護のもとで着実に実力を蓄えた春吉は、港湾荷役とエンターテインメント興行という二本柱を確立し、神戸の街で存在感を高めていったのである。