家庭裁判所での審判を経て、少年Aは刑事罰ではなく保護処分として関東医療少年院へ送致されました。専門医による約7年間にわたる徹底した精神医療と矯正教育を受け、2004年に仮退院、2005年に本退院(出所)となり、法的な保護観察期間を終えて社会復帰を果たしました。
退院後は身元引受人や支援者のもとで偽名を使い、溶接工や建設作業員などの職を転々としながら生活基盤を築いていったとされています。しかし、平穏に見えた潜伏生活は2015年6月、太田出版から刊行された元少年A名義の手記『絶歌(ぜっか)』によって一変します。
手記には事件当時の生々しい心理描写や退院後の生活が綴られていましたが、被害者遺族への事前連絡や了解は一切なく、商業出版として市場に流通しました。遺族は強い抗議とともに回収を求め、大手書店が取り扱いを自粛するなど社会現象に発展。さらに同年9月には、自作の奇怪なアート作品やメッセージを掲載した公式ホームページを開設し、「真の反省や更生がなされていないのではないか」という世論の猛反発を招き、サイトは即座に閉鎖へ追い込まれました。
現在の少年Aは、40代半ばを迎えています。身元情報の流出を避けるため、定期的に居住地や氏名を変更しながら、公の場に姿を現すことなく暮らしているとみられています。