深津絵里の芸能キャリアの幕開けは、1986年の「ミス原宿グランプリ」受賞(当時13歳)に遡ります。地元・大分県から上京した彼女が初期に歩んだ道のりは、単なる正統派アイドル女優の枠に収まるものではありませんでした。
ファンの間で今も語り草となっているのが、「水原里絵(みずはら りえ)」という別名義で活動していた最初期のキャリアです。1988年公開の金子修介監督による異色作『1999年の夏休み』では、全寮制の森に囲まれた男子学院を舞台に、少年・則夫役をショートヘアと詰襟姿で見事に演じきりました。少女特有の性別を超越した中性的な美しさと、凛とした眼差しは、当時の映画批評家たちに強い衝撃を与えました。
そして同年冬、彼女の名を一躍全国区へと押し上げる決定打となったのが、JR東海「ホームタウン・エクスプレス(後のクリスマス・エクスプレス)」のテレビCMです。
山下達郎の名曲『クリスマス・イブ』をバックに、新幹線のプラットホームで恋人を待つ当時15歳の深津絵里。柱の陰に隠れ、息を弾ませながら赤い帽子をかぶり直すあの数秒間のシークエンスは、平成の広告史を塗り替える伝説となりました。演出を手掛けた早川和良監督による映画的なフレーミングの中で、過剰な笑みを見せず、不安と期待が入り混じった生々しい思春期の感情を表現した彼女の表情は、当時の視聴者の脳裏に鮮烈に焼き付いています。現在ネット上で「深津絵里 若い頃 画像」として検索される数々のカットの中でも、この駅のホームで見せた無防備な輝きは、突出した熱量を持って支持され続けています。