1990年代後半、日本の映画産業は大きな転換期を迎えていた。当時の興行界では洋画の大作が圧勝を続けており、邦画アニメーションが興行収入の頂点に立つことなど誰も想像していなかった時代だ。そうした逆風の中で、宮崎監督は従来の「子供向けファミリーアニメ」の枠組みを自ら破り捨てた。
制作当時、スタジオ内部からも「あまりに重く、救いがないのではないか」という懸念の声があがっていた。しかし監督は、社会の分断や環境破壊、人間の身勝手さを誤魔化さずに描くことこそが時代への回答だと確信していた。興行的なリスクを冒してでも表現の限界に挑んだ決断が、結果として邦画の歴史を塗り替えるメガヒットを生み出す原動力となったのだ。