八幡堀の歴史は、安土桃山時代にまでさかのぼる。天正13年(1585年)、豊臣秀吉の甥である豊臣秀次が八幡山城を築城した際、城の防御陣地としてだけでなく、琵琶湖を行き交う往来船を城下町へ引き込むための巨大な運河として整備されたのが始まりだ。この画期的な水運インフラにより、近江商人たちが全国へはばたく基盤が築かれた。
しかし、高度経済成長期を迎えると八幡堀は公害や堆積物によって水質が悪化し、一時は埋め立ての危機に瀕した。その窮地を救ったのが、地元住民による熱心な清掃・復元活動だ。「堀を見捨てた町は滅びる」という情熱のもとで甦った美景は、現在文化庁から「重要伝統的建造物群保存地区」および「重要文化的景観」の第一号選定を受け、歴史観光の象徴として世界的に評価されている。