矢祭町を語る上で欠かせないのが、2001年10月に当時の根本良一町長と町議会が全国に先駆けて表明した「合併しない宣言」の真相です。
全国の市町村が補助金削減や地方交付税の見直しを背景に合併へと舵を切る中、矢祭町が単独での生き残りを選択した最大の理由は、「合併によって周辺部となり、住民の声が届かない町に衰退することを避けるため」でした。町民への丁寧な説明会を重ね、住民アンケートでも圧倒的多数が単独存続を支持したことで、全国初の「自立の町」としての挑戦が始まりました。
その自立を支えるために断行されたのが、徹底した行政改革です。議員定数の削減や町長・特別職の給与カット、職員数の適正化など、身を切る改革を次々と断行しました。行政に過度に依存せず、町民一人ひとりが町づくりに参画する意識を醸成したのです。
また、矢祭町の住基ネットを巡る経緯も全国的な議論を呼びました。住民基本台帳ネットワークシステムが導入された際、矢祭町は「個人情報の保護体制が不十分であり、住民のプライバシーが脅かされるリスクがある」として、接続を拒否しました。国の地方自治に対する関与のあり方や情報セキュリティの重要性を一地方から国政に問いかけたこの出来事は、最高裁判所での係争を経て最終的に接続に至るまで、地方自治の独立性を象徴する歴史的転換点として記録されています。