弱冠21歳で名人位を獲得し、将棋史にその名を刻んだ谷川浩司。若き天才として脚光を浴びる一方で、勝利へのプレッシャーは想像を絶するものだった。対局が終われば頭脳は灼熱のように熱を帯び、簡単には眠れない。そんな極限状態の彼を受け止めたのが家庭だった。
妻は決して盤上の指し手に立ち入ることはしなかった。対局の勝敗に関わらず、いつもの笑顔と温かい食卓で夫を迎える。勝ちに奢らず、負けに落ち込ませない。その徹底した「変わらなさ」こそが、勝負師にとって最大の救いとなっていたのだ。家庭という絶対的な安全地帯があったからこそ、彼は果敢に攻めの姿勢を貫くことができた。